2008年04月18日
コンゴへの派兵
このような事をこう呼ぶんですね。本当に勉強になりました。
植民地状態
16世紀〜17世紀にかけて、ポルトガル人の侵入に苦しむが、撃退。地方首長国の分立状態となる。19世紀後半に南アフリカ会社に統治された後、第一次世界大戦後にイギリスの植民地に組み込まれ、イギリス領南ローデシアとなる。
独立
1960年代から黒人による独立運動が行われていたが、民族自立までの道のりは険しく、1965年には、世界中から非難を浴びる中、植民地政府首相イアン・スミスによって白人中心のローデシア共和国が独立を宣言し、人種差別政策を推し進めた。これに対して黒人側も、スミス政権打倒と黒人国家の樹立を目指してゲリラ戦を展開するが、イギリスの調停により、100議席中、20議席を白人の固定枠とする事で合意。1980年の総選挙の結果、ジンバブエ共和国が成立し、ロバート・ムガベが初代首相に就任した。1987年からは大統領制に移行し、2008年3月現在も引き続きムガベが権力を握りつづけている。
1999年コンゴのカビラ大統領と親交していたムガベ大統領は内戦が起きたコンゴに約1万人の軍を派兵した。カビラ大統領を支えるためだが、真の目的はコンゴにあるムガベ一族が所有するダイヤモンド鉱山を守る事や、コンゴのそれらのダイアモンドや銅や金などの地下資源の狙いの理由もあった。コンゴに軍隊を送り、これに反対する運動がコンゴの都市部を中心に活発に起き、派兵直後にカビラ大統領は暗殺されるなどコンゴ派兵は混乱を招いた。ムガベ大統領はコンゴ内戦への派兵に専念していったため、ジンバブエの経済や医療、教育などが悪化していった。 そのためムガベ大統領への批判が相次ぎ、ムガベ大統領は批判を避ける目的で白人農場の強制撤収する政策にすり替えていった。
白人大農場の強制収用
ムガベははじめは黒人と白人の融和政策を進め、国際的にも歓迎されてきたが、2000年に白人所有大農場の強制収用を政策化したことによる農業技術の低下から、食糧危機や、第二次世界大戦後世界最悪とも言われるインフレーションが発生した。こうした経済混乱に、長期政権・一党支配に対する不満とあいまって治安の悪化も問題となっている。また、言論の統制などの強権的な政策は外国や人権団体などから批判を受けている。
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